食事を終えてから黙々と仕事を続けていたペンギンが コキ、と肩を鳴らして顔を上げる
そのタイミングを見計らったかのように、湯気を立てる珈琲と疲れを取る為のチョコレートが2欠片乗った皿が目の前に現れた
「お疲れ。ちょっと休憩入れたら?」
3時のティータイムはとっくに過ぎてるよ、と笑ったのは 今日の当番だとは思えない船員で、何故かそう思うかというと
昨日も一昨日も彼が飲み物を持ってきたからだ。
大方、仲の良いコックが いつまでもラウンジに姿を現さないペンギンに困っているのを見かねて配達を買って出たのだろう
そう思って礼を述べたペンギンの頬に冷たいおしぼりが押しつけられた
・・・疲れた目にひやりとした感触が心地良い
「至れり尽くせり、だな」
微かに笑ってそういったペンギンの隣に ひょいと腰掛けながら、にこにこと笑うキャスケットが 「だって俺ペンギン好きだもん♪」と
機嫌良さそうに言って顔を覗き込んだ。
ははっ、と笑ったペンギンが 「ありがとう」 と軽く返すと、室内が何やら妙な空気になった。
(? なんだ?)
カップから目を上げたペンギンに、周りの船員から声が掛かる
「なんだよ、ペンギン。 それだけか?」
拍子抜けしたような、妙な顔をしたクルーを訝しみながら、それだけって、他に何があるんだと眉を寄せる
そのペンギンの隣から、今度は別の声が上がる
「じゃぁ、ペンギンは?」
俺の事好き?と隣から首を傾けたポーズで聞いてくるキャスケットへ視線を投げながら
はいはいと頷いて頭をぽんぽんと叩いてやるとキャスケットも妙な顔になった
どうかしたのか、と尋ねようとしたペンギンより先にキャスケットが立ち上がる
「それ。飲み終わった頃に取りに来るから横に置いといてくれていいよ」
そう言って部屋を出て行くキャスケットの後ろ姿は いつも明るい彼にしては元気が無く、さっきまで笑顔だったのに?と首を傾げる
まぁいい。 皿を下げに来た時に(覚えていれば)聞いてみればいい。
そう思って書類に目を落としたペンギンを囲む周りからの冷ややかな視線には、幸いのところ ペンギンは気付かなかった。
仕事に没頭するあまり、気付けばいつも皿が無くなっている事など日常茶飯事だという事に思い至らないまま、黙々と
溜まった未整理の報告書や日誌を片付けていく

――本日も、キャスケットは敗退。
やきもきしながら彼らの動向を見守っている船員達は、部屋を出た途端がっくりと肩を落としてとぼとぼと歩くキャスケットを思って
深い同情の溜息を吐いた。
(あんなにはっきり言いきってるのに!)
(全く相手にされてねぇ!)
いっそすがすがしいまでのスルーっぷりに感心さえしてしまうクルーは、それでも、いい加減気付いてやれよ、可哀想じゃねぇかと
やれやれと肩を竦めて首を振った





「おかえり。 なんだキャス、また玉砕か」
ラウンジに戻るなり、あはは・・・と陽気な声が飛んでくる
「うっるさいなー、見て分かるんなら一々声に出して確認しないでよ」
座り込んでつっぷすキャスケットの横にアイスクリームの乗ったソーダ水が ことん、と出てきた
んじゃ 今日はこれでも飲んで復活しなさいと言われて 起き上がったキャスケットがクリームソーダに手を伸ばす
「毎回慰めるのが飲み物か食べ物ってどうよ?俺を太らせる気?」
文句を言いながらもすでにスプーンで掬ったアイスクリームは口の中。
「文句言うなら喰うなよ」
船員の言い返す言葉も笑いながらでは怒ってないのは丸分かりで、彼等の仲の良さが窺われる
「ねぇ、でもさ。面と向かって好きだって言ってるのに全然気付いてくれないって、手の施しようがなくない?」
冷たいソーダで愚痴を言う元気も出てきたのか、キャスケットの口から相談が滑り出た
「言い方がマズイんじゃねぇの?こう、もちっと色っぽくせまってみれば」
「いや、色っぽくったってさ、俺男じゃん。色っぽさなんてどこから絞り出せるってのよ。ボンっ!と豊かな胸も
無ければ きゅっとくびれた細いウェストも、ない・・し・・・」
言いながら、キャスケットの眉尻がどんどん下がってくる
「おいおい!自分の言葉で凹むなよ。おまえの取り柄は不屈の闘志と明るさだろ?暗い顔してないで
何度でもアタックすればいいじゃないか」
なに、大丈夫。おまえには乳房と細いくびれはないけど、その、男にしちゃ形のいいヒップは自慢していいぜ?
小ぶりだけど、ぷりっとして柔らかそうだし、美尻の部類だ、安心しろ!
貶してるんだか褒めてるんだかよく分からないながらもヘアバンドがトレードマークの船員はキャスケットを
励ましてくれているらしい。
そうだよな。
彼の言うとおり、俺の取り柄は簡単には諦めない一途さくらいしかないのだから、落ち込んでる場合じゃない。
バンの言葉よりも 励ましてくれている気持ちが嬉しくて、キャスケットの顔にいつもの笑顔が戻る
「ねぇ、それ、ぷりぷりしたお尻って、俺が太ってるってこと?」
「お。それなら俺のお陰だな」
「やっぱ太らせようとしてんのか!」
あははは!と、ラウンジから、2人の明るい声が響く。
ペンギンへの告白が玉砕しても、やっぱりキャスケットは元気で明るい自分で明日も頑張ろうと思う
周りのクルーも、そんな彼を密かに、あるいはバンのようにおおっぴらに、応援しているのだった。






「だからさぁ、おまえの言い方が素直過ぎるんだって」
もうちょっと思い詰めたような様子で言ってみな?というアドバイスを受けた事は何度かある
"だって、それじゃ重いじゃないか。負担に思って嫌われるのは嫌だ"
というのがキャスケットのいつもの答え。
じゃぁいつもどんな風に言ってるんだ、と横からバンが口を挟む
慰め役の彼は キャスケットが告白する場面に居合わせる事が滅多にない
「え・・・と、だから。」
その時のことを思い出しているのだろうキャスケットが、少し距離をとって じっと顔を見た
『俺、ペンギンの事好きだよ』
にっこり笑って そういうキャスケットは、満点の笑顔ではあるが素直すぎる性格が災いしてか
彼が思い詰めているようには見えない
(ベポや俺等に好きだと言うのと変わりなく見えなくないか?)
いや、付属している笑顔が、これでもかというほどのキラキラ笑顔だという違いはあるが。
それで?と続きを促すバンに向かって、顔を覗き込むようにして小首を傾げたキャスケットが
「ペンギンは?」と尋ねる
それ自体はかわいげのある仕草で彼の努力は認めるが、如何せん先程の告白とセットで行われると
純真な子供にじゃれつかれているような印象が拭えない
「やっぱ、もちっと色気出してみねぇ?」
どうアドバイスしたものかと思案したバンが、先と同じ結論を出した。
「だから〜、俺のどの引き出しを探ってみても色気なんて出てこねーの」
弱り切った顔でそういうキャスケットは、それでも世間一般でショタなるものが流行していたりもするのだから
"純真な子供"の印象が強い彼でも化けようによってはある種の色っぽさは出せるはずだ。
少し考えたバンが うん、と一つ頷く
「よし、決めた。今日は宴会だ!」
「はぁ?」
理由なんて特には無いが、"キャスケットの恋を応援しよう会"を開くぞ、と
食堂にもしょっちゅう出入りしているバンの提案にノリの良いコック達もOKを出す
「え、だから、なんで?」と首を傾げるキャスケットには細かな説明の無いまま、
その夜ハートの海賊団では宴会が開かれることになった






「ほら、キャス、これ飲んで行ってこい」
言葉と同時に差し出されたのは、一杯のグラス。
「って、これ酒じゃん。酒の力なんて借りなくたって告白でき、」
「いいから!告白できないんじゃなくて、落とせないのが問題なんだろ。こいつがおまえに足りないものを
補ってくれるかもしれないから!騙されたと思って飲んでいけ」
そうか?と眉を寄せるキャスケットの手にグラスが押しつけられる。
一息にぐいっと!と勧める相手は、確かに自分の為を思っての助言だろう
うし、分かった。行ってくるよ!と頷いて グラスの酒を一気に呷ったキャスケットがあまりのキツさに目を白黒させる
噎せるほど度数の強い酒を、ここで噴いてなるかと必死で喉の奥に流し込んだキャスケットは、
かぁっと食道から胃までが焼けるように燃えてケホケホと喉を手で押さえた
「お、おまっ、なんつーキツイ酒っ・・・」
言いかけた文句の途中で
おー、全部飲み干すたぁさすが気合い入ってるな、その意気込みで行ってこい、と背を押されて 結局ペンギンを目指して歩き出す。
(あ、よかった、まだ酔いがまわってない)と安心したのも束の間、すぐに足下がおぼつかなくなって
嘘だろ、たったグラス1杯で、と焦りながらも きょろきょろとペンギンを探す
一瞬で視界に捉えた相手。
さすがに惚れているだけあって、急激に酔いのまわった目でも捕捉できたキャスケットは、そちらにむけて歩きだした


「うわっ」
「あぶね!おい、いてぇって」
急な宴会の理由も知らないまま 陽気に盛り上がっているのに水を差すのも悪いと 適当な席でグラスを重ねていたペンギンが
妙に騒がしい方向へ注意を払う
見れば、酔っているのか危なっかしい足取りで時々他のクルーにぶつかりながら歩いているのは、
あまり強くないのを自覚していて いつもそこまで深酒しないはずのキャスケットだった
危ないな・・・と眉を顰めたペンギンを、顔を上げたキャスケットの目が真っ直ぐ捉える
「ぺんぎん。」
酔っ払い特有の、舌足らずな発音で自分の名を呼んだキャスケットは、ほわんと嬉しそうに笑った
あいつの笑顔は見慣れてる。
いつも純真な子供のようなてらいない笑顔で接してくるキャスケットだから、キャスと言われて笑顔以外を思い浮かべるのは
難しいくらいだ。
アルコールのせいだろうか、今夜のキャスケットの笑顔は 飛び抜けて子供っぽくも見え、また、同時に少し艶めかしくも見えた
(なんだその矛盾・・・)
自分の思考に眉根を寄せるペンギンに視線を固定したキャスケットがふわふわした足取りで近付いてくる
その酔っ払いは左右に揺れながらも真っ直ぐにペンギンしか見ていないものだから、ますます危なっかしくて
見ているこちらの方がはらはらさせられる
あぁ、また 座って飲んでいるクルーにぶつかりそうになった
「キャスケット!」
危ないから足下に注意を払えと言いかけたペンギンが声を掛けるのは逆効果だと気付いた時には、
呼ばれた事でますます注意をペンギンに向けたキャスケットが足下に転がる空瓶につまづいていた
危ない!
声に出す余裕もなく、突差に腕を伸ばしたペンギンがぎりぎりで地面に倒れ込む体を受け止める
アルコールに呑まれている相手は 受け身をとることもなくぱたりと倒れたから、ここで受け止めなければ危うく顔から床に
突っ込むところだ
「おい、大丈夫か」
腕の中できょとんとした様子のキャスケットに呼び掛けると、そこでようやく自分が転んでペンギンに助けられた事に気付いたらしい
「危ないな。飲み過ぎだ。」気をつけろ、と注意するペンギンに、へらりと緩い笑顔を向ける
「ごめん、ありがとう」
礼を言うキャスケットの体はうまく力が入らないのか弛緩したままペンギンの腕の中に収まっている
「ペンギン、」
呼ばれて彼に注意を向けると、キャスケットはいつもの言葉を、いつもより甘えた口調で告げる
「好きぃ」
酔って目元をほんのり赤く染めた顔で、舌足らずにそう言われたペンギンが どうしてだか言葉に詰まった隙に、
酔っ払ったキャスケットに きゅうとしがみつかれてしまう
「おい、」
しがみつかれては払いのける事も出来ず、動けないから離れてくれと言おうとしたペンギンにくっついたキャスケットの体が
ずるずると滑り、座るペンギンの足の方まで落ちてしまった
キャスケットの腕は相変わらずペンギンに回ったままで、腰に抱きつくようなポーズで
腿を枕にした 酔いによる眠気に負けたキャスケットは くぅくぅと穏やかな寝息をたてている
倒れた拍子に転がった帽子を拾ったペンギンは、彼の顔に掛けてやろうとして、そのオレンジがかった金髪を
撫でたい衝動に駆られて手を伸ばした
撫でられたキャスケットは、気持ちよかったのか くふんと顔を緩めると ますますペンギンにしがみついて 「・・・んぎん
むにゃむにゃと不明瞭な寝言を呟いた





(あ、あ〜〜、そこで寝ちまうのか、キャスケットの馬鹿!)
見ていたバン他数名のクルーは、イイ線までいったと思った途端にダウンした様子を見て あちゃぁ、と頭に手をやった。
作戦はかなり成功を納めていて、あのペンギンが好きだと言われて言葉に詰まった。
告白して、抱きついて、あとはいつものように「ペンギンは?俺の事好き?」と聞けば何かいつもと違う反応もあろうというところでの
意識消失に肩透かしをくらって溜息をつく
とはいえ、今回のバンからのアドバイスは多少なりとも効果があった。
取り敢えずは眠ってしまったキャスケットはペンギンに任せて誰も余計な手出しはしないでおこう。
本人は眠っててもペンギン籠絡作戦は続行だ、と素早くクルー同士で目配せする
「それじゃ、少しは前進したキャスケットの健闘を祝って!」
その場に居たクルーは みな笑顔で 掲げたジョッキをカツンと鳴らした





「・・・・ぅ、ん・・・?」
ふわふわと揺れる感触がして キャスケットは薄く瞼を開く
波による揺れとはまた違ったその揺れは、どうやら自分が腕に抱えられて運ばれているためらしい。
緩やかな振動が心地よくて ふぅ、と息を吐いて瞼を閉じる
頬に当たる服からの匂いには覚えがあった
(ペンギン、の、匂い・・・)
じゃぁ、もしかして 俺、ペンギンに運ばれてるのかな
力強いその腕は 酔って眠ってしまった仲間を運んでいるからか、なるべく揺すらないようにと気遣っているように思えた
きっと介抱を任されて憮然とした顔をしているだろうペンギンが、それなのに彼の動作からは心遣いが感じられる
(誰にでもそっけない態度だけど、ペンギンって、本当は優しいんだよな)
やっぱり、相手にされてなくても 好きだなぁ・・・
そう思った途端、瞼の奥がツンと痺れて なんだか目が熱くなってきた
じわり、と温かいものが睫を濡らす
(あ。やべ・・・俺、泣けるくらい ペンギンの事好きだ)
拭ってしまわないと零れてしまいそうで かといって今動けば目が覚めたと分かってしまう
なんで泣いてるんだと聞かれれば、自分はきっと答えられないだろう
どうしよう、眠ってるふりしてた方がいいかな
迷っているうちに 部屋についてしまったようで、少しの間があった後 キィ・・・と扉の開く音が聞こえた

そっと、ベッドの上に下ろされる
溜まっていた雫が その弾みで頬を伝った
(頼むから 気づかないで出ていって・・・)
寝かされた姿勢のまま固まっていたキャスケットの頬に 温かいものが触れる
それがペンギンの指で、優しく涙を拭われていると気付いたキャスケットは、我慢出来ずに目を開いた
「・・・・っ、」
目の前のペンギンは、突然目を開けたキャスケットに驚きもせずにじっと自分を見つめている
「ペンギ、・・・」
思わず伸ばした手が ペンギンの腕を掴んだ
「好きっ、・・・俺、ペンギンが好きだ」
泣きながらの 訴えるような、告白。
キャスケットの理想の告白とは懸け離れたソレは、それでもペンギンに届いたらしい
「分かった」
ペンギンからの短い一言は、それまで軽く流されていた答えとは違う重みを感じた
俺の気持ち、伝わった・・・?
半分身を起こしたキャスケットの肩に手が添えられて そのままベッドへと横たえられる
「今日は、このまま眠れ。きっと二日酔いになるぞ」
あぁ・・・またはぐらかされてしまうのか、と目を伏せたキャスケットの上に影が掛かる
不意に、額に触れた温かい感触
それが何かという事に思い至ったキャスケットの両の目が大きく見開かれた

 返事は、後で。

あまりの驚きにフリーズしたキャスケットの頭が動き出した時には、ペンギンの姿はもう部屋には無かった。
代わりに、額に触れた唇が残した言葉が耳に蘇る
今起こった出来事をようやく把握したキャスケットの顔が真っ赤に染まっていく

も・・・しかして。
俺、ペンギン、つかまえた?
いや、落とせたかどうかは分からない。それでも、好きだって気持ちは 分かってもらえたんだ
しかも、おでこに!おでこにちゅっ、て・・・!!!
ひぁぁ〜〜と声にならない声を上げたキャスケットが枕に顔を埋める
(どうしよう、眠れるかな! いやそれよりも、返事っ、・・・返事、もらえるまで俺の心臓が保つかな?!)
ばくばくと刻み始めた心臓のあたりを押さえたキャスケットが眠れずに朝を迎える心配をしている頃。
自分たちの預かり知らぬところで思わぬ進展を見せていた事を知らない仲間達は こうなったらとことん協力してやろうぜ!と
拳を付き合わせて新たに誓いを立てて景気付けの酒を飲み干していたのだった






 千里の道も一歩から。とはいえ、たまには道を飛び越してみるのも ありだよね







モドル。